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陽だまりの樹

手塚治虫

小学館文庫/1981年

  • 読み手:  尾崎智隆

    『歴史には誰も逆らえない』

    わたしは、手塚治虫さんの作品が好きである。実際、自宅の本棚の中には『アドルフに告 ぐ』『ブラックジャック』そして『火の鳥』が入っている。
    なぜ、彼の作品が好きなのか。それは、現代の漫画が失ってしまった「何か」が彼の作品 にある気がするからだ。
    今回、ブックツリーに当たって『陽だまりの樹』を選んだ理由はそこにあった。もちろ ん、晩年の傑作と呼ばれる作品で読んだことがなかったのもある。しかし、何よりも、現 代の漫画で失われた「何か」を探してみたい気持ちに駆られたのだ。
    陽だまりの樹は端的にまとめると八巻にわたる「歴史漫画」である。 江戸から明治へと変わろうとする騒乱の時代。「人を救う医者」の良仙と「人を斬る武 士」である万二郎が、歴史の波に翻弄されやがて一つの結末を迎える。というのが簡単な あらすじである。
    この流れがとてもよくできていて、ただの青年だった二人が必死に生き、どのような最後 を迎えたのかが丁寧に描写されている。先に書いた歴史漫画の通り、綿密な資料を基にし たと思われるシーンも多い。
    また『陽だまりの樹』では手塚作品特有のスターシステムやコマに挟まれるジョークが極 めて少なかった(終盤に数か所あるだけである)。このことは、手塚さんが歴史をとても 真摯に扱おうとしたように感じられるだろう。
    ここまで書いて、私の持っている手塚作品である『アドルフに告ぐ』『火の鳥』と『陽だ まりの樹』が共通していることに気が付いた。
    それは、歴史の非情さである。上にあげた三篇は、どれも政治家ではない、教科書に載ら ないような主人公を扱っている。
    もしかしたら、現代の漫画で失われた「何か」とは「歴史の非情さ」なのかもしれない。 手塚さんの幼少期を取り巻いていた「戦争」ほど非情なものはないのだから。

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