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相棒

興水泰弘

朝日文庫/2007年

  • 読み手:  一ノ宮佑斗

     私が選んだ本は、「相棒」。ドラマでよく見かけるあれだ。選んだ理由は特になく、強いて挙げるとするのならば、別に買いたい本がなかったからだ。だからこの本を受け取った時には単純に要らないなと思い、捨ててしまおうかとさえ思った。
     元々ドラマの方は見たことがあって、それが活字になったとなるとやはり読む気がしなかった。この課題があるからと何となくページをめくり、数行を読み進めた。最初はただただ苦痛で、何の面白みも感じなかった。見開き一ページが真っ黒に見えた。しかしそれから段々とキャラクターたちが動き始め、知っている者たちが登場してくると、ページをめくる手は加速していった。あのキャラクターはこういう風に描かれているのか、ここはこういう風に表現するのかと様々な感想を抱き、薄い文庫本の半分を一夜で読み進めた。活字離れしている私の自己ベスト。
     何となくで選んだ本に、ここまで魅了されるとは思っていなかった。久し振りに夢中になれるものと出逢った。一ページごとの濃密な内容、個性豊かなキャラクター。どれをとってもこの一冊の魅力だと思う。ドラマとは違う表情、どんどんと深みにはまっていくのを感じていた。久し振りに活字を読むこと楽しくて、時間を忘れていた。
     冬の乾燥した空気と冷たく冷えた床。この本を読み終えたときに、私は思わずため息をついた。この面白いものを読み終えてしまった、もうこの先は読むことが出来ないから。
    もちろんそれもあるだろうが、何より感動したからだ。涙を流すような感動と異なり、ため息しか出ないような、感心に近い感動。名作の映画を劇場で見て、エンディングが終わって辺りに静けさと騒がしさが戻ってくるあの感覚。幸福感と満足感に心が満ちていた。寒い室内で胸の中だけが温かく、不思議な気持ちだった。本を閉じて、カバーをめくる。意味のない行動を繰り返す理由は自分にもわからない。ただこの本に触れていたかったのかもしれない。物語は終わったはずなのに、この本に触れているだけでまだ物語が続いていくような感覚。この続きを早く読みたい、この続きの物語が気になるというよりは、一秒でも長くこの作品に触れ続けていたい。ただそれだけだった。
     久し振りに夕方にテレビをつけた。再放送でドラマをやっていた。CMを見た。再放送でないドラマを見た。本の内容や表現とは違う内容。媒体によってここまで表現が異なるかと、また改めて本を読み返した。何度も読んだはずの一文がまた違って見えた。一冊の本がここまで心を満たしてくれるのか、愉しませせてくれるのか。私が何となくで選んだ一冊は、一言ではとても言い表すことの出来ない一冊。この一冊に出逢うことが出来たことを幸福に感じる。
     私が選んだ本は、「相棒」。ドラマでよく見かけるあれだ。選んだ理由は特になく、強いて挙げるとするのならば、別に買いたい本がなかったからだ。だからこの本を受け取った時には単純に要らないと思った。だけど今は、この本をこれからも大切に保管していこうと思う。

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