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進撃の巨人

諫山創

講談社/2013年

  • 読み手:  光本太一

    私がこの作品に初めて触れたのは小学四年生の頃、コンビニの漫画販売スペースにて進撃の巨人第一巻がそこに鎮座していた。
    当時の私はグロテスクなもの、ホラーなどは大の苦手であり、余りにも強烈な表紙は私を恐れさせた。しかし、一体どのような内容なのだろうかという好奇心が勝ってしまい、まだ規制が緩く立ち読みできた時代でもあったので、恐る恐る漫画を手に取りページを捲った。
    内容は予想を遥かに超えるものであった。荒々しい筆致も予想外ではあったが、巨人が主人公の母親を生きたまま喰らうというあまりにも残酷な描写に当時の私は底知れない恐怖を感じ、本を閉じ、元にあった場所に戻すと慌ててコンビニを出た。
    二度と、絶対に、一生この漫画は読まない。
    私は心に誓った。
    それから数年後、中学に上がる頃にはかなりの友人が進撃の巨人について知っており、度々私に感想を投げかけてきた。昔と比べてある程度恐ろしいものに耐性が出来てきたとはいえ、あのトラウマからは脱却できなかった私は読む気になれず適当に流していたが、そんな時にあることが発覚した。
    進撃の巨人のアニメ化である。当時深夜にアニメがやっていることに気づいた私はよくアニメを録画してみていた。流石に漫画を読むのは厳しいが、アニメであれば観られるかもしれない。私は放映日の深夜にリアルタイムで視聴することにした。なぜ録画にしなかったのかというと、何だかライブ感のようなものを味わいたかったからという理由もあるが、深夜に一人で部屋を暗くしてリアルタイムで観るという枷を付けることによって、過去のトラウマを払拭出来るのではないかと感じたからだった。
    そして時刻になり進撃の巨人が始まる。美麗な映像、勇ましいオープニング、テンポの良い構成。そして、あっという間に一話は流れていった。
    私の一番の感想はこんな内容だったのか! である。巨人が人を喰らう描写が印象に残りすぎており、内容まで頭に残っていなかったのだ。
    続きが気になる。
    世界観や設定の面白さに虜になった私はあれほど恐ろしかった進撃の巨人を嬉々として観るようになり、漫画も読むようになった。そして最新刊まで読んでも謎が謎を呼ぶ展開で何一つ解決していなかったことに心の底から震えた。
    そして月日は流れた。
    進撃の巨人の中に散りばめられていた謎は丁寧に解き明かされ、2020年現在クライマックスを迎えている。あと数話で終わってしまうのだ。悲しいが、物語というものはいずれ結末を迎えるもの。最後までしっかりと見届けられるように死なないように努力しようと思っている。

    私はこの漫画がこの世界に存在してくれたことを本当に感謝している。少しオーバーかもしれないが、この漫画を読むために生まれてきたのかもしれないとすら思っている。それほどまでにこの進撃の巨人から学ぶことが多かったのだ。私が最初に思っていたようにこの漫画を巨人が人を喰らう残酷な漫画であると一蹴して読んでいない人が大勢いるのは間違いない。勿論そのこと自体に間違いはないのだが、問題はこの漫画が伝えようとしていることを履き違えていることにある。私も完全にこの漫画を理解しているとは言えないが、少なくともグロテスクな描写を見せて読者を恐がらせようというものが真意ではないことは理解している。それは私がこの進撃の巨人から人と人との関わり方や在り方について、深く感銘を受けたことから明らかである。ただ、人によって物事の捉え方は異なるので、私は飽くまで自身の心の移り変わりを証拠として未だ進撃の巨人を読んだことがない人に勧めたいと思う。

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