渡邊葉月
私がこの本を買ったきっかけは、私が一番好きな作者の古内一絵さんの作品だったからです。
主将を務めていた幼馴染の月島が不慮の事故で亡くなったことにより、続々と退部していく部員たち。主人公である龍一は、廃部を余儀なくされていた。
この小説は、ただただ廃部の危機を回避するために汗水垂れ流す青春モノの小説というわけではありません。物語の中で、主人公が想いを寄せている雪村襟香は、かなりの美少女として男子からの人気も高いのですが、実は性同一性障害に悩む一人の男の子でした。
そんな襟香を一人の男の子として、男子に混じって水泳のリレーに出場してもらうという現実ではなかなか考えられない展開へと広がっていきます。
LGBTQの問題は、とても繊細で難しいことです。ずっと女の子として見ていた相手に、実は自分の本当の性別は男だと言われても受け止めるのはとても難しいことだと思います。それでも、襟香を男として迎え入れ、友達としていることを決意した主人公は、とても強いなと思いました。
最初は、自分が泳げていればまわりのことなどどうでもよく、後輩の顔や名前も覚えていなかったような主人公が最後には皆に泳ぎを教え、まとめる立派な主将へと成長し、それに伴い、人としての器も大人へと一歩近づいていたのがとても素晴らしく、尊敬できる作品でした。
主人公もですが、他の水泳部員も、決して襟香をバカにしたり否定したりはしませんでした。
本編にて、水泳部に入ることとなった襟香は、迫る学区域戦に向けて泳げない後輩たちに懇切丁寧に指導をしていました。
そして、大会当日襟香が女であることがばれない為の作戦会議をしていた時のことです。
襟香は「どうしてこんなに認めてくれる?私がやろうとしていることは、おかしいのに」と言います。
それに対する皆の反応は、「雪村さんがいなかったら、ここまでの進歩はなかったもの」
「そうやで、俺、先輩がおらんかったら、今でも息継ぎできてへんで」
「僕も、ちゃんとしたフォームで泳げませんでした」
「別におかしなことじゃないですよぉう。私が入ってるもう一つの部活にだって〝僕ッ娘〟や〝男の娘〟は一杯いますし。」
と、部員それぞれの意見にばらつきはありますが、皆それぞれが言葉にせずとも、性別関係なく襟香という人間の実力を認めていたのです。
人間は、わからない物や事には怖いから蓋をしたり、拒絶してしまいます。それほどに、繊細な問題です。でも、水泳部の部員たちはそんなことは気にしていませんでいた。そうした自由で広い価値観を私たちも持てるようになっていきたいな、と思いました。