ドムーン
天久聖一 著
メディアワークス / 1999年
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鮮やかな表紙、意味のわからないタイトル。ページを捲るまでに与えられている情報はこれだけで、まるで内容の想像がつかない。表紙のみでは図録や画集のようにも思える。しかし、いざ読み始めると、先程まであれこれと考えていた自分がバカに思えてくる程にくだらなくて笑える、短編のギャグ漫画集である。セリフはほとんど無く、全て鉛筆で描かれている。手で擦れた汚れや消え切っていない余分な線までもしっかり見えている。
内容も、アイデアの着想から、どういった思考を辿って物語が作られたのか全く分からない突飛なものばかりである。しかし、鉛筆で手描きされていることもあり、親しみやすく読むことができる。小学生の頃、友達を笑わせるためだけに自由帳に描いたギャグ漫画のような破壊力が『ドムーン』にはあるのだ。
お世辞にも上手いとは言えない絵だが、内容自体はどこか優しいものが多い。野球の試合前の息子にお弁当を届けるためにラジコンを作る母親の話(『ラジコンかぁちゃん』)や、誕生日サプライズで祝うために敢えて喧嘩を売る不良少年の話(『ツッパリ西遊記』)などがある。ギャグが多用され、支離滅裂な内容だが、物語には作者の人間への愛を感じる。物語の人物に優しさを持って描かれたことが伝わってくる。つい、強烈なキャラクターの笑いに目がいってしまうが、『ドムーン』はそのような表面的な笑いだけではない。誰かを不幸に陥れて笑うようなものでは無く、人間が何かに夢中になっている姿を描くことによって笑いが発生している。人間味のある上質なギャグ漫画である。
しかし、優しいとはいってもギャグ漫画。読者の想像力をこれでもかと刺激し、予想の斜め上を行くオチが用意されている。私がこの漫画から受け取ったものは作者の表現に対する強烈な衝動で、内容から学んだことは特に無いのだが、だからこそ素晴らしいギャグ漫画であると思う。あとがきに書いてある、
「ひとつの無意味をやり終えて髪照らす月光に心委ねるとき、なぜかこみ上げる忠義心、男に生まれてよかった!底からそう思う。」
という部分を何度も読み返した。無意味なものに情熱を注ぐ人間はとても愛おしい。無意味なものが私は好きだ。くだらなくて、生産性の無い時間を過ごすことに私は幸せを感じる。人生の時間の使い方として非常に贅沢だと思うのだ。そんな私に『ドムーン』は250ページもの間、愛おしくて贅沢な時間をくれた。
読み終わった後、どんな内容だったのかよく思い出せなかったが、なんか今とんでもないもん読んだんじゃないか?と、振り返って怖くなった。
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